2019年8月8日木曜日

心房細動か?

高齢ドライバー暴走事故、認知症以外に「運転中の急病」も侮れない 木原洋美 2019/08/08 06:00 © Diamond, Inc 提供  高齢ドライバーによる暴走事故が社会問題化している(池袋での事故/事故現場を調べる警察官) Photo: EPA=JIJI 高齢者のドライバーによる暴走事故が盛んに報道されている。その多くの原因は認知症による逆走やブレーキとアクセルペダルの踏み間違いだが、実はそれ以外の急病による事故も多い。予防策はないのだろうか。(医療ジャーナリスト 木原洋美) 認知症以外の疾患に起因する交通事故は少なくない 高齢ドライバーによる自動車事故の多発が社会問題になっている。 事故の原因としては、認知症に起因する逆走や、ブレーキとアクセルの踏み間違いなどが指摘されているが、それ以外の病気によるケースもかなり多いことを忘れてはならない。 記憶に新しいところでは、今年6月、福岡市で発生した車の暴走事故。運転していた男性(81歳)は、「くも膜下出血」のため意識を失っていたという。 運転中に急病で亡くなるリスクは、高齢になる以前の40歳以降から高まる。 東京女子医科大学の呂彩子氏の論文「自動車運転中の急病死」(2015年)によると、運転者死亡の交通事故のうち急病による死亡例は全体の8.3%。性別では、男性が圧倒的に多く、年齢では40~64歳が72%。死因の6割程度を、心筋梗塞、大動脈解離などの心臓血管疾患が占めており、次いで脳出血、くも膜下出血などの脳血管疾患が3割でつづく。 「これらの発症頻度は一般的な急病死の発生頻度と類似している。つまり、車外での発症例と同様の機序で、たまたま運転中に急死を来す病気を発症したとも考えられるが、自動車運転のストレスから血圧が上昇することなどが発症に関与するのではないかと考えられている」(呂氏)  14年には、レスリング女子五輪金メダリストの吉田沙保里選手の父、栄勝さん(61)が高速道路で車を運転中に急死した。死因はくも膜下出血。  17年には『それいけ!アンパンマン』(日本テレビ)のドキンちゃん、『ドラゴンボール』(フジテレビ)のブルマの声を長年担当していたことで知られる声優・鶴ひろみさん(57)が、やはり車の運転中に「大動脈解離」で亡くなった。急病による交通事故死は、認知症以上に誰にでも起こりうる。 不注意やミスで処理されないよう事故原因を究明することが大事  運転中の急病(医学的には「内因性急死」と呼ぶ。明らかな病死以外の死「異状死」のうち、解剖、検査、捜査により外因死の可能性が除外された急死という意味)による事故のリスクは、2000年には既に警告されていた。  熊本大学の大林和彦氏(法医学)らの論文「自動車運転中の内因性急死の実態と予防」(2000年)には、「従来、運転中の内因性急死は頻度的に稀であり、人身事故の原因となることはまずないものと考えられ、あまり重視されていなかった。しかし、急速な高齢化社会を迎えた現在、高齢ドライバーの内因性急死の増加が危惧されている」と書いてある。  昨今、認知症によると思われる死亡事故が多発しているが、事故の状況からして、運転者の内因性急死が原因と疑うことが可能な例は少なくないという。  そうした事故には、 (1)衝突前に低速度で蛇行運転 (2)事故を起こすとは考え難い直線道路を走行中に道路脇の塀に衝突 (3)車両の衝突痕がきわめて軽度であるにもかかわらず死亡 (4)心臓疾患などの既往歴がある人が多い  といった特徴があることから大林氏らは、 「いずれにしても、運転者の内因性急死が疑われる場合には、法医解剖を含む科学的な事故原因の究明が大切であり、関係者の供述内容や事故現場の状況などだけから安易に運転者の不注意や操作ミスによる交通事故と誤って処理されることのないようにすることが肝要である」と述べている。  なぜなら、事故原因を究明し、中高年ドライバーの内因性急死の予防に努めることは、重大な交通事故を予防する上でも必要なことだからである。  ちなみに、運転中の急病死を来す代表的な原因疾患としては、次のものが挙げられている。 ◆虚血性心疾患  ・冠動脈血栓症  ・急性心筋梗塞 ◆脳血管疾患  ・脳出血  ・くも膜下出血 ◆大動脈疾患  ・大動脈瘤破裂  ・急性大動脈解離 ◆その他の血管病変  ・肺動脈血栓閉栓症(エコノミークラス症候群) ◆呼吸器疾患  ・気管支喘息 ◆消化器疾患  ・食道静脈瘤破裂  ・出血性胃十二指腸潰瘍 出典:「自動車運転中の急病死」(2015年)  さらに、対象を死亡事故以外にも広げた場合には、「睡眠時無呼吸症候群(SAS)」による事故も、相当数に上ることが分かっている。 「運転中の眠気」の経験割合は、非SAS患者と比較してSAS患者で4倍(40.9%)、「居眠り運転」ではなんと5倍(28.2%)という調査結果も示されている。(臨床精神医学1998;27:137-147改変)  国土交通省自動車交通局は次のように警鐘を鳴らしている。 「SASは、睡眠中に呼吸が止まった状態(無呼吸)が断続的に繰り返される病気です。その結果、十分に睡眠がとれず、日中強い眠気を感じたり居眠りがちになったりする、集中力や活力に欠けるなどの状態になり、漫然運転や居眠り運転により事故などが発生しやすくなります。(中略)SASになると、睡眠時無呼吸のために、血液が固まりやすくなり、狭心症、心筋梗塞、脳梗塞など重大な合併症を引き起こすおそれがあります。また、高血圧、高脂血症、動脈硬化、不整脈のおそれもあります」  睡眠時無呼吸症候群はただの睡眠障害ではない。心疾患とも非常に関連性の高い疾患なのである。 運転中の内因性急死 予防対策は40代から取り組むべき  では内因性急死による交通事故の防止には、どのような方法があるのだろうか。 高齢者に対する免許返納のススメに加え、国が推進しているのは「安全運転サポート車」の普及促進だ。内因性急死による事故のリスクは40歳代から高まるので、普及対象も40歳以上に広めるというのはいかがだろう。 むろん、急死に至る疾患の予防にも力をいれるべきだ。  心疾患の既往歴がある人は、運転中のストレスによって血圧の上昇や心電図の異常をきたしやすいことから、自動車の運転が心臓発作の引き金になっているものと考えられている。既往歴がなくとも、健診や人間ドックで心臓に問題がみつかった場合には、治療できる病気は治療し、そうでない場合には運転を自粛するのが望ましい。  市販はされていないが、心臓の音をめやすに、遠隔で簡単に病気を発見できる「超聴診器」というのも発明されている。近未来では、プロドライバーや営業職の人が家や会社に設置し、運転前にはかることが習慣になるかもしれない。  また、くも膜下出血の原因となる脳動脈瘤は、頭部ドックで発見することができるし、破裂しないようにする外科手術や血管内治療も進んでいる。早期発見・早期治療が可能な疾患については、積極的に手段を講じるべきではないだろうか。  さらに昨今、75歳以上の高齢者に対しては、運転免許更新時の認知症テストが義務付けられているが、40歳以上のすべての人に、頭部MRI検査も含めた内因性急死にかかわる疾患の検査を受けてもらい、“引っかかった人”には治療に対する補助と啓発を積極的に行うようにするというのはどうだろう。できれば検査は義務化するべきだ。  健診の受診率アップは、行政上の課題にもなっているので、一石二鳥のような気がする。 「そんな面倒なこと勘弁してほしい」という人は大勢おられることだろう。  だが、内因性急死に至る病気にかかっている人の多くは、重大性についての自覚に乏しく、「仮に発作が起きたとしても自分だけは大丈夫。人に迷惑をかけることはない」と考える傾向があるという。  高齢者ドライバーによる悲惨な事故のニュースが後を絶たないが、心臓や脳の既往歴がある人や睡眠時無呼吸症候群の人は若くても要注意だ。

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